散歩ときどき雑貨と玩具

おでかけスポットと地元グルメ、雑貨や玩具を紹介するブログです。

1990年代の思い出の場所(浅草と曳舟)

こんばんは。

 

最近、自分の持つ古い記憶を忘れることを恐れています。

特に恐ろしかったのは、楽しかった記憶を思い出せなくなったこと。

覚えていないのです。全然。

自分の周辺の建物や関連した地域は次々と目まぐるしく変化するため、正直それについていけてません。

 

 

逆に、嫌な記憶は覚えています。こちらも10代や20代の時の記憶力と比べて、かなり色褪せてきましたが、嫌な記憶はイメージ的に強烈に覚えているものです。

未だに「必ず滅ぼし末代まで呪ってやる。」とこちらが思うくらい憎悪している数名の記憶が私の脳にこびり付いています。

実に嫌ですね。早く消したいものです。

 

 

残念なことに、そんな記憶が時々ふとした瞬間にフラッシュバックするので、楽しかった記憶はますます色褪せます。

 

 

今回は、いくつか楽しかった記憶をたまたま断片的に思い出したので、記録しておきますね。

 

 

浅草寺にあったモールとパンストの昆虫の屋台

 

90年代前半の頃の話です。

浅草寺には屋台がよく出ていました。

その中に、カラフルなモールやパンストで作った虫を販売するおじいさんがいました。

虫の種類は、チョウ、トンボ、ハチ、カタツムリ、テントウムシ、アオムシなど。

針金の先っぽに、虫を付けて販売していました。

花屋さんのように、たくさんの虫を花束状態で陳列し、販売していました。

当時、私は母に連れられて、その屋台によく遊びに来ていました。

数ある虫の中でも、チョウ、トンボ、ハチは凝っていました。

羽の部分がパンスト、胴体がモールで作られていたのです。

チョウに至っては、羽が体の大部分を占めるため、パンストを染めてカラフルな羽にしていました。

屋台は90年代半ばまであったのですが、いつのまにか無くなってしまいました。

寂しいです。

 

 

浅草アオノヤ

浅草の雷門の近くにあります。ここはジブリグッズ専門店です。

90年代に私が遊びに来ていた頃から2018年現在もあります。

私が子供の頃、保育園や家のテレビでトトロや魔女の宅急便などを頻繁に見ていたので、トトロにはなじみがありました。

約4〜5センチのトトロと40〜50センチくらいの大きいトトロぬいぐるみをそこで買ってもらった記憶があります。色はどちらも濃い緑でした。ボロボロになっても可愛がっていた記憶があります。

 

 

浅草の松屋のサンリオ

90年代半ば頃まで、浅草の松屋デパートの中にあったサンリオへよく行っていました。

当時のサンリオは駄菓子が充実しており、私はよく駄菓子を買っていました。

記憶している駄菓子だと、レモンガム、マシュマロ、エビせんべい、あたりめ、ラーメン菓子、ラムネ菓子、シュークリーム型チョコなど。

また、サンリオで買い物すると必ずレジのお姉さんがちょっとした「おまけ」を付けてくれるのですよ。

気のせいかもしれませんが、おまけは玩具とか文具のようなものが大半で今(2018年)よりもクオリティが高かったような気がします。

時期によってはハロウィンのお菓子を売ったり、恐竜のキャラなどを売ったりしていたので楽しかったです。

 

 

浅草の松屋(90年代)

2000年代に改装される以前の浅草松屋デパートを知っています。

知っていると言っても、90年代の古い記憶です。

その当時の松屋で、自分の好きだった店をいくつか断片的に思い出したので書きます。

 

・サンリオ

・本屋コーナー

・レストラン風の喫茶

屋上遊園地

 

まずサンリオは上記に書いた通りです。よく駄菓子を買いました。

本屋コーナーでは、怪談系の本を立ち読みした記憶があります。

レストラン風の喫茶では、ゴーフレットの付いたプリンアラモードが好きでしたが、自分1人では完食できなかった記憶があります。たぶん、母が残りを食べたと思います。

 

屋上遊園地では、「お菓子をすくうマシン」で遊んでいました。

見た目、小型のドーム型UFOみたいなマシンで、制限時間内にドーム内にあるシャベルを動かしてお菓子をすくいます。

主な景品はフルーツ味のラムネ菓子でした。

断片的かつ相対的な記憶ですが、昔の方がシャベルの力が強くて、簡単なゲーム機械だったと思います。

同様の屋上遊園地とマシンは、旧・曳舟イトーヨーカドーにもありました。私はそこでもラムネ菓子をすくっていたと思います。

 

 

 

曳舟の旧・イトーヨーカドー

90年代前半のイトーヨーカドー曳舟店は、3階建てのスーパーでした。

京成曳舟駅から徒歩5分くらいで着いたと思います。地域的に京島にありました。

当時はキラキラ橘通り方面にあるスクランブル交差点の近くに店がありました。

 

当時の閉店時刻は、午後20時。

これが、年代が新しくなるごとに徐々に遅い時間帯になっていきました。

 

母と私は、閉店30分前に行くように計算して店に行っていました。

その時間帯になると、高い確率で食品が半額になります。

 

私と母は、お決まりのコースとして、まずは2階の婦人服や靴、家庭用品を見て、それから3階の子供用品売場を見ていました。

そうすると、ちょうど良く食品が安くなる時間帯になるのです。

店内のBGMが独特でしたので、すぐわかりました。閉店まで残り時間30分を示す特有の音楽がありました。

 

当時の大手スーパー(GMS)は、イトーヨーカドーの他にはダイエー(セイフー)、オリンピックが地元にありました。

その中で最も使っていたのは、イトーヨーカドーだったと思います。

 

しかし、それも個人店のディスカウントストアや業務スーパーが台頭してからは行く頻度が下がりました。

当時の時代的に、不況かつデフレだったので価格破壊が起きていたのです。

 

母が言うには、結婚して墨田区に来て一番ビックリしたのは物価の安さだったとのことです。

2018年現在も母は物価の安さを求めて、あちこちに買い物に行っています。

 

 

 

パリ・ドール

90年代の曳舟(京島)にあったパン屋 兼 洋菓子屋です。ガラス張りの大きな建物で、曳舟の旧イトーヨーカドーの近くにありました。

エレガントな洋菓子屋だったという記憶があります。記憶が朧げなのが非常に残念ですが、落ち着きがあって優美な装飾のあるところで、高級感のあるお店でした。

 

ご当地的な名物は「さくらサブレー」。食用の桜の花を干したものをサブレーに入れて販売していました。

もしも、パリ・ドールが2018年現在もあの地にあったら、間違いなくスカイツリーのお土産としてさくらサブレーを販売してたと思います。

あと、店内にはカフェスペースもあったので若い女子たちの人気スポットになっていたと思います。

 

 

90年代前半から半ばくらいの、個人的な過去の話だらけですが、今回はこれで終わります。

 

ご覧いただき、ありがとうございました。